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どうぞのしろいくつ


Photo by Le Vu 🇻🇳

同じ会社に通う女性とお付き合いをはじめて、まもなく半年を迎えようとしていた頃のこと。友人は、彼女のご両親へ2週間後挨拶へ伺うことになっていた。



そんな彼に、神様がちょっとおちゃめないたずらを仕掛けた。



おうちの近くにある100円ショップへ、買い物に出掛けたときのこと。

お目当ての商品を手に取って、レジへと向かうと、すぐ後ろにかごを持った男性が並んだ。男性のかごには、結構商品が入っている。でも自分は、片手に2つ持っているだけ。別に急いでいるわけじゃないから、『よかったら、お先にどうぞ』お声掛けして、順番を譲った。

『こりゃどうも、ありがとう』

男性はお礼を言って、レジを先に済ませると、軽く会釈してからお店を出て行った。


おうちの近くにある激安スーパーへ、買い物に出掛けたときのこと。

お目当ての商品を手に取って、レジへと向かうと、すぐ後ろにカートの上下にかごを積んだ女性が並んだ。女性のかごには、上下とも商品が山盛りだ。でも自分は、りんごのパックを片手に1つ持っているだけ。別に急いでいるわけじゃないから、『よかったら、お先にどうぞ』お声掛けして、順番を譲った。

『ありがとうございます』

女性はお礼を言って頭を下げ、先に並んだ。かごをレジ台に載せようとしたけれど、山盛りで重そうだったので、載せるのを手伝った。女性はレジを先に済ませると、軽く会釈してから、サッカー台で袋詰めをはじめた。


おうちの近くにあるスーパーへ、買い物に出掛けたときのこと。

お目当ての商品をかごに入れ、レジへと向かうと、すぐ前におばあちゃんが並んでいた。レジはいくつかあってどこも並んでいたが、しばらくすると隣のレジが空いた。でも、おばあちゃんは気がついていない。別に急いでいるわけじゃないから、『おばあちゃん、隣空きましたから、よかったらどうぞ』お声掛けした。

『まぁ、ありがとう。じゃあ、お先にね』

おばあちゃんが隣のレジへ行くと、すぐに店員さんが対応してくれた。気がつくと、自分が並んでいたレジも先に居たお客様がレジを済ませて、すぐに自分の番が回ってきた。

レジを済ませ、サッカー台で袋詰めを終えると、おばあちゃんが軽く会釈してお礼を伝えてくれたので、自分もそれに応えて軽く会釈してからお店を出て行った。


そんななにげない日常の一コマが続き、2週間が過ぎた。彼女のご両親へ、挨拶へ伺う日がやって来た。

初めてお逢いするご両親。

緊張でガチガチになりながら、彼女と一緒に実家を訪ねると、迎えてくれたご両親は、顔を見るなりクスクス笑っている。

あがらせていただくと、奥で迎えてくれたおばあちゃんも、顔を見るなりクスクス笑っている。

『緊張であまりにもガッチガチになりすぎて、ロボットみたいなのかなぁ』

そんなふうに思っていたら、彼女がこう教えてくれた。


『あきちゃん(友人の名前)が来てくれる前にね、写真を見せたの。そしたらね、みんな笑い出してね。「なに? なんで? どうして笑うの?」って聞いたら、「この前逢ったんだよ、そこで」って、ハモるように話してくれたの』


100円ショップで順番を譲った男性は、彼女のお父様。激安スーパーで順番を譲り、カートからレジ台へとかごを載せるのを手伝った女性は、彼女のお母様。スーパーで隣のレジが空いたことを伝えた女性は、彼女のおばあちゃんだった。

だから顔を見るなり、クスクスと笑っていたのだ。だから初対面ながら、あたたかく迎えてもらえたのだ。


友人は、ご家族の写真を事前に彼女から見せてもらっていたわけじゃない。彼女とお付き合いをはじめて、地方から出てきて住みはじめたマンションがたまたま彼女の実家の近くだったと、初めて知ったのだ。

だから、後ろに並んだ男性が、彼女のお父様だなんて知らなかった。後ろに並んだ女性が、彼女のお母様だなんて知らなかった。隣のレジが空いたのを知らせた女性が、彼女のおばあちゃんだなんて知らなかった。

知っていて、点数稼ぎに親切にしたわけじゃない。素の自分が出ただけなのだ。

神様はきっと、そんな彼のことを応援したくなったんだろう。

挨拶へと伺う2週間の間に、みんなと一度逢えるようにと、緊張しいの君に逢う練習ができるようにと、ちょっとおちゃめないたずらを仕掛けて。



男性 → 女性 → おばあちゃん『もう聴かなくても次わかるような...』なんて思って、クスクス笑いながら話を聴いていたら、『僕がこうやって順番譲れるようになったのって、ヒロさんの真似したからなんですよ』と教えてくれた。


あきちゃんは熱い男で、『こうと思ったらとことん突き進む』というところがある。良くもあるけれど、悪くもあり、大学を卒業して入社後すぐは学生の頃のノリがそのまま出てしまい、衝突してしまうことが度々あった。そんなとき、『我が強いっていうんですかねぇ。ブルドーザーみたいでしょう、僕。どうしたらいいんでしょう、ヒロさん。なんかこう、ないですかねぇ』相談を受けた。

ぼくは、こだわりが強い。
『我が強い』と言い換えてもいい。

だから、人間関係や物事で折れるということがなかなかできなくて、度々衝突したり、摩擦を引き起こしてしまうことがあった。どうにかしたいなぁとはいっても、こだわりの強さは性格と一緒で、変えるのは大変だ。実際あれこれ試してみたけれど、ことごとくうまくいかなかった。


そんなもやもやを抱えた、ある日の朝のことだった。

スーパーへ買い物に出掛けようと、近くの交差点で信号待ちをしていた。すぐあとに用事がいくつかつっかえていて、そわそわしていたぼくは、信号が赤から青に切り替わった瞬間、ポールポジションから勢いよく発進するF1カーのように、我先にと横断歩道を渡ろうとした。

そのときだった。

右手に居たおばちゃんが、ちょっと自転車を手押しして、勢いをつけてからひょいっと乗ろうとしたようで、ぼくの右足の靴、つま先の上あたりを前輪でぐにゅっと踏んで、何事もなかったようにスーパーの方へと走り去っていった。

このときぼくは、おろしたての白いデッキシューズを履いていた。つま先にくっきり残る、前輪の痕。

『思いっきり踏んどいて、気づかず行くってどういうことよ』

カチンときた。
行き先も同じだ。
追いかけて、文句を言ってやろうと思った。

でも、ふと思ったのだ。

もし、あそこでおばちゃんに順番を譲って、先に行ってもらってから横断歩道を渡っていたら、おろしたての白いデッキシューズのつま先に、くっきり前輪の痕が残るほど踏まれることはなかったんだよなと。

『怪我の功名』というのか、買い物を終え、おうちに帰ってから、くっきりついた前輪の痕を洗剤で落としながら、『これをうまく使えないかなぁ』って思ったのだ。

おろしたての白いデッキシューズを汚されることほどショックなことってない。不注意で汚してしまったときも、けっこう凹む。

どっちも嫌だ。

ならばこれを逆手に取って、あえて白いデッキシューズを履いて出掛ければ、踏まれたくない、汚したくない、そんな一心で周囲をよく見るようになるんじゃないか。そんな一心で、『お先にどうぞ』って言えるんじゃないか。

ちょっとネガティブな発想だけど、そんなふうに考えたのだ。

ぼくは、『どうぞのしろいくつ』と名付けて、特にこころが逆立っているときに、率先して履いて出掛けた。そうして履いて出掛けたことで、むくむくっと我先にの気持ちが出てきたとき、『おっとぉ、踏まれたくないぞ』ブレーキ役の想いが登場し、周囲をよく見渡すことにつながっていった。

むくむくっと我先にの気持ちが出てきたとき、まっさらなデッキシューズを見るたびに、『お先にどうぞ』こころに声がこだまし、順番を譲れるようになっていった。

気がつけば、こころがおだやかになっていった。気がつけば、人間関係や物事で、折れることができるようになっていった。


笑顔とともに。


そんなぼくの話を真似したあきちゃんに訪れた、神様のちょっとおちゃめないたずらごころ。

『結婚式の日取り、仏滅なんですよ』『縁起があれなんですけど、ココしか取れなかったんで』って苦笑していたけれど、大安吉日でもスピード離婚しちゃうカップルもいれば、仏滅でも、銀婚式・金婚式を迎えるカップルだっているんだから。

今度はちょっとおちゃめないたずらごころはなしで、銀婚式・金婚式を迎えるカップルになれるよう、しっかり応援してくれるんじゃないかな。



『結婚式の日取り、仏滅なんですよ』『縁起があれなんですけど、ココしか取れなかったんで』って話してくれたあきちゃんの足元は、白い靴だった。
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